つい先日、素晴らしい住宅を訪れる機会がありました。
伊豆多賀にある吉村順三が設計した別荘建築です。
Tu es mon Tresor(トゥエモントレゾア)というアパレルブランドが改修保存を行い、抽選にはなりますが、一般に公開しております。
Tu es mon Tresor (tu-es-mon-tresor.com)
ちょうど訪れる少し前に購入した本「建築家・吉村順三の鞄持ち」の著者 藤井章さんが吉村順三設計事務所時代に担当したのが、この伊豆多賀の家でした。本にもその当時のお話が掲載されており、良きタイミングで訪れることができました。1977年に完成。私と同じ年です。
熱海駅で乗り換え、伊東線で伊豆多賀駅より徒歩10分程度。もしくは熱海駅からバスで20分。当日は、天気が良く暑さもあり、時間に余裕もあったので、バスで向かうことに。
…あっ、夏の熱海の渋滞のことを忘れていた。…案の定、大渋滞。大遅刻。…まあ、どうにもならない、受け入れるしかないので、のんびり向かうことに。
バス停より坂道を歩くこと3分程度、敷地入口の開放された門を通り過ぎ、緩やかに続く小坂を登っていくと赤レンガの外壁と銅板の大屋根が目に飛び込んできます。
訪れる人にどのように見られるかよく考えられています。
特徴的な大屋根は、この場所に2階建て高さの壁を見せるのは相応しくないと、2階は屋根で覆ってしまうことで、平屋のように場所に馴染み、環境に溶け込むよう計画されているそうです。
この大屋根は、晩年の吉村建築にいくつか見られるのですが、ここが最初だったそうです。担当した藤井さんが、吉村さんの求めていたものを苦心の末、見い出した答えが大屋根案だったとのこと。同時、諸先輩方からは不評だったそうですが、晩年の吉村さんは、建築を楽しみたいという姿勢の表れか、今まで行ってきていなかった手法を採用したようです。この大屋根案が後の八ヶ岳音楽堂の素晴らしい空間につながっているそうです。
訪れる前、作品集や図面集で、見ていた時、あまり吉村さんらしくないなと思っていたのですが、訪れて見て理由がわかり、こういった住まいの在り方も良いなと思わせてくださります。大切なのは、造形的な美しさだけではなく、その場所や環境とどう呼応していくかという理由や意図なのかもしれません。建築単体ではなく、環境を含めての建築の在り方が大切です。
室内に入ると10分程度、お部屋を巡りながら簡単に説明をしてくださります。
各部屋に配置された家具はどれも貴重な名作ばかりで、当初あっただろう家具達より全然素敵だろうと思ってしまいました。笑 さすがファッションブランドですね。センスがいい!箱が良いので、お互いを高め合っているようです。
吉村順三設計事務所が手掛けた家具も残っておりました。ダイニングの長テーブル、リビングの腰高収納、キッチン、2階にあるソファーは当時の物とのこと。2階の寝室のベッドは、吉村順三設計事務所がデザインしたものをサイズ変更したものとのことで、作り付け家具だけでなく、置き家具も作られ、家一軒まるごと総合プロデュースしています。
一人の設計者が、隅々までデザインするということは、今はなかなか難しいことなのかもしれませんが、住まいにとっては良いことだと思います。バランスが取れるので、違和感がなく、足したり引いたりもちょうどよくできる。全体や部分の流れが良い。
「…典雅な品位あるものにするためには、設計者の終始一貫した誠意と熱情によって設計が運ばれなければなりません。」吉村順三
私が設計している理由がそこに在るような気がします。
吉村さんの建築は、「気持ちがいい」、「ちょうどいい」という言葉がしっくりきます。
窓ひとつ取っても、ここはこの見せ方、感じ方、の為に、この大きさがいいというのが、
ベストでできている。「人が人らしく暮らしていくのにこれが一番いいでしょ」と言われているような気がするのです。
この気持ち良さは体感しないとわからない。
自身が設計した住まいもこの「気持ち良さ」、「ちょうど良さ」を大切にしているのですが、これが意外と地味で時間のかかる行為なのです。真面目にやっている設計者ならよくわかる所です。
派手さがないので、写真では伝わりずらい。
それでも、ちいさなことの積み重ねが心地良さにつながるということを信じて、丁寧な仕事を続けてまいりたいと改めて思させてもらいました。
訪れた時の心地良さを思いながら、偉大な先人に学ぶ、良き夏の思い出になりました。