火山のふもとで

 こんにちは。月明設計室の中込です。8月ももう終わりです。少しづつ季節が変わっていくのを毎日の気温や空模様で感じる事ができます。少しづつ涼しい時間が増えているような気がします。最近、月が見える日が増えているように感じています。もう少しで中秋の名月。きれいな月を眺めるのが楽しみです。そういう時間を楽しめる心の平和が必要だと思います。いい時間を過ごしましょう。

 さて今回は本のご紹介をしたいと思います。私の好きな本です。うまくご紹介できる自信はありませんが、この時期になるとちょっと読みたくなる本です。

 『火山のふもとで』 松家 仁之 署 新潮社

 設計事務所の雰囲気を感じて頂くのにとてもいい本です。設計者が普段考えている事、設計に向き合う姿勢、表には出てこないような努力。そこに住む人の為、滞在する人、使用する人の為に、たくさんの事を考えながら、より良いものを作り上げる過程、大変さと同時に真っすぐな純粋さを感じる事ができます。設計事務所のいい緊張感も感じながらモノづくりの楽しさも感じる事ができます。本当によくできているリアルな小説です。

 一年程前、偶然何かで知りました。出版は2012年なので、だいぶ以前になります。ホントかウソかモデルになっているのが、吉村順三との事。読まずにはいられないと購入しました。読むとだいぶ違いはあれど、軽井沢で展開される物語は、夏の期間だけ本当に過ごされていたというレーモンドの『夏の家』を思い浮かべずにはいられないお話なのです。

アントニン・レーモンドの作品集より

 実際に東京にあるレーモンド事務所は夏の期間だけ、過ごしやすい軽井沢の事務所にスタッフと共に大移動して仕事をしていたそうです。なんとも羨ましいお話です。いいですよね、その時一番いい環境の中で仕事ができたら。楽しくてちゃんと仕事になるのか心配ですが。

 今でもこちらの『夏の家』は見る事ができます。軽井沢のペイネ美術館です。移築され、再利用され、今は美術館として。

 物語はこの『夏の家』を舞台に、新人所員の主人公が、そこで学んでいく姿、出会う人達との間で生まれる人間模様、そして色恋、建築を純粋に考える人たちの生き様を見る事ができます。建築関係でない方でも十分に楽しめる本だと思います。そして設計事務所の素敵な部分をたくさん見て頂ける本です。

 私自身は、この本から勇気と元気をもらいます。小説とは思えないほど、細かな部分まで建築の設計について描写が忠実なので、読んでいて勉強になる部分が多数あります。設計に対する姿勢や考える上で大切にしている事など、共感する部分がたくさんあり、付箋と赤鉛筆を多用し、読み返します。

変な付箋ですみません。

 本に書かれている事を繰り返し読み返す事は、私にとってはとても大切な作業です。わかっていても薄れていく意識といいますか、その時その時で、一番強く思っている事が違うので、バランスを欠かないようにする為、俯瞰する目を養う為にもいい事言っているなと思う文章は、付箋と赤線、そして手帳に写すという事を繰り返しています。勉強と同じ、いや勉強ですね、完全に。読むと大半は当たり前の事なのですが、当たり前の事が一番大切だと常々思います。

『(住宅の設計は)限られた空間のなかに、掛け算や足し算をすることなく、新しい空間をつくりださなければならないところでしょうか。住宅の設計は、割り算や引き算が多いと思います。』

…これは主人公が面接の時に、質問に答えた言葉です。ちょっとこれはわかりずらいですね。設計をしている人なら何となくわかる。現実の設計では、何か要望のようなものを詰め込みすぎるとうまくいかないので、整理する作業が必ず必要になるという事でしょうか。あと、余分なものを消す作業は大切です。こういう事に気づいて設計しているかどうかは設計が向いているかどうかという所にも通じているように思います。それを主人公は面接でさらっと答えてしまう。優秀です。

『声はふしぎなものだ。目的も気持ちもあらわになる。…しかしその声が、人を上手に説得している。耳にすんなりと入ってきて理解しにくいところは少しもないのに、それでもなお、説明しつくせないものがわずかに残る。その残るものが、人をひきつける。言葉の意味そのものよりも、音としての声が人を動かすのではないかと、ぼくはそう思うようになった。』

…これは人(お客様)と話をする時、こちらの意向を説明する時の声のお話で、これができたらいいですよねと私も思いました。話し方も大切です。

『「手が触れる場所は、玄関のノブをべつにして、木がいいんだ」と先生は言う。「玄関のドアは外と内の境界だからね、金属をにぎるぐらいの緊張感があっていい。外にあるドアのノブが木でできていると、室内がはみ出しているみたいで気恥ずかしいものだよ。」』

…これは、先生の考え方。納得しますね。住宅の設計は、人がその場所で過ごしたり何か行為を行う時に、常に人がどういう気持ちになるかを想像しながら、答えを出していくのが設計だと思います。『気持ちを考える』が設計のキーワードだと思います。

『そのいっぽうで、20年前の設計に感心する事もある。こんなところに雨仕舞いのしかけがあるとは誰も気づかないだろう、と思う事もあれば、極小の土地にクライアントの要望をすべて織り込みながら、しかもプロポーションの美しいこの三層の家を建てる忍耐力など、いまではとても持ち合わせていない、と思う事もある。…若い頃は、時間にまかせて図面にかじりつき、息がつまるような完成度をめざしてやっていたのだ。そのためにおろそかになった部分が、手つかずで残されたままであることには気づかずに。』

…私自身、自身が以前設計した住まいを見る時、よく考えたものだと感心し、負けないようにしなくてはと思う事があります。またその時には気付かず手付かずになっている部分があった事を改めて気づくという事があります。設計はバランスの追求という事を言われる方がいらっしゃりますが、色んな意味でその通りだと思います。

 色々と学び、考え、確かめるような話がたくさんあります。そして物語はコンペ(設計競技)に参加し、それに挑む姿もあり、ちょっとせつない恋があり、成長した未来の姿を垣間見る事ができます。そのどれもが印象に残るいいお話です。ご興味がございましたらぜひ。設計者の真面目さと労力を垣間見ていただけるかと思います。

 普段とは異なる環境の中で、気持ちと身体をリフレッシュさせながら仕事に打ち込めるという事は、籠って作業を繰り返す自身を含む人々にとってとても羨ましい環境です。いいなぁ~と

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椅子を置いてみた 大きな掃出し窓のそばに なんだか居心地良さそう 見るような眺めはないけど空が見える 直接ひかりがあたってないのに 明るくて 爽やかで 清々しい 椅子もうれしそう ちょっと休憩したり 本を読んだり お茶を飲んだり そこで過ごす時間がお気に入りになった 縁側のような場所ができた - そこに在る豊かさ ささやかないい時間 いい住まいのご提案をさせていただきます -  

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